真継伸彦が死去!死因は?離婚した元嫁は真継豊子!鮫で有名な作家のプロフィール【訃報】

   

作家の真継信彦氏が死去されました。

享年は84歳で死因は急性肺炎でした。

心よりご冥福をお祈りいたします。

今回は真継伸彦氏の経歴やプロフィールをまとめてみたいと思います。


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真継伸彦のプロフィール

◎名前:真継 伸彦(まつぎ のぶひこ)

◎生年月日:1932年3月18日

◎出身地:京都府京都市

◎学歴:京都大学文学部卒

 

経歴

京都大学の独文科を卒業後、1954年に上京し、創元社の校正アルバイトに就き、1955年に専修大学図書館に就職。

1955年に真継豊子さんと結婚。

退職後の1961年、青山学院大学ドイツ語非常勤講師となる。

1963年に発表した歴史小説『』が文藝賞を受賞。

芝浦工業大学→桃山学院大学と職を移る。

1992年に真継豊子と離婚し、若い女性と再婚。

文筆を志す人の学校「大阪文学学校」で抗議・講演を行うなど大阪を拠点に活動し、姫路獨協大学教授も務めた。

 

主な代表作

・鮫(1963年)
・光の声(聲)(1966年)
・無明(1970年)
・華厳(1971年)
・内面の自由(1972年)
・深淵への帰行(1975年)
・青空(1983年)
・親鸞全集(1982~1984年)

高橋和巳、小田実、柴田翔らと同人誌「人間として」、及び「使者」で活動。


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鮫とは?

1963年に発表された『鮫』は真継伸彦さんが文藝賞を受賞した歴史小説です。

盗賊から浄土真宗に帰依する男を描いたこの作品は高い評価を受け、第二篇を加えて翌年刊行され、中村錦之助主演で映画化もされました。

その後も「無明」や「華厳」など仏教の本質や自己発見を巡る硬質な作品を生みました。

 

離婚した真継豊子とは?

1941年に大阪で生まれた作家で、代表作は『女運あれど男運なし』。

関西学院大学を卒業後、同大学院に進学するも中退。

1955年に真継伸彦と結婚し、長女を授かる。

その後は全国ピアノ指導者協会(ピラティナ)の会員なり、ピアノ教師として活躍。

1992年に真継伸彦と離婚し現在に至る。

 

最後に

近年は本を出版されず、隠居されていたのでしょうか?

84歳という年齢ですからね、肺炎などが死因となる方は多いですよね。

また一人偉大なる偉人が死去されましたね。

心よりお悔やみ申し上げます。


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